評価:★★★★★(93)
TITLE | 四畳半神話大系(よじょうはんしんわたいけい) |
DATA | 2010年 |
目次
◆あらすじ。
大学三回生の「私」は、薔薇色のキャンパスライフを夢見ながらも無意義な2年間を過ごしてきた。
入学した時に数あるサークルの中からテニスサークルを選ぶが、会話も出来ずに居場所を失くしていく。そこで同じ様な境遇の小津と出会い、サークル内外で人の恋路を邪魔をする「黒いキューピット」の悪名を轟かせることに。
小津と出会わなければ黒髪の乙女と薔薇色の人生を送っていたに違いない! もしあの時違うサークルを選んでいたならば……。
◆思わずマネしたくなる語り口調。
アニメという魅惑の存在に抗しきれなかった私は、夢にまでみたバラ色の社会人ライフとは無縁の孤独なアニメ放浪者として日々を過ごしていくことになった。
後悔はしていない、と言えば嘘になるのかもしれないが、アニメという虚空の幻想に取り憑かれることなく青春を送ることができたのであれば、黒髪の乙女との爽やかで濃密な日々を謳歌していたに違いない。
アニメなぞにうつつを抜かしていたおかげで、私は不本意ながら恋愛の甘酸っぱさはおろか、その酸味すら感じられずに青春時代の幕が強引に降ろされてしまったのだ。
もしあのとき別のジャンルに手を伸ばしていれば……。
などと書いていると、感銘を受けた作品にすぐ影響を受ける自身の悪い癖が読む者にとってあからさまに気づかれてしまうだろうが、そんなことを気にすることすら瑣末なことだと思えるほどに最上級の作品であると太鼓判を押せる自信がある。
……これは大変だ。文体を戻そう。
全話通して、このように主人公である『私』の独白が私小説のように語られていくというスタイルの作品である。
畳み掛けるように語り続ける『私』の独白は、声の質・抑揚ともにクセになる口上であり、何回聞いても飽きがこない見事な作り方となっている。
作品全体を通して「もし、あの時に違う選択をしていたら……」というパラレルワールドを描く(基本的に)1話完結型なのだが、出てくる登場人物への独白による紹介が、回を重ねるごとに微妙に違っていくという面白さも味わうことができる。
◆『昭和』を匂わせるノスタルジックなトーン。
キャラデザインを担当した中村佑介氏の作風を丁寧に描写することによって、『四畳半神話大系』のアニメーションはなんとも不思議で幻想的な作風を獲得することに成功している。
とくに一昔前とも、一時代前とも設定されているわけではないのに全体を通して、どこか懐かしさを感じられる暖かみのあるトーンで綴られていく。舞台が京都であるということを上手に活用しているのも、その一因なのだろう。
後半へと進むにつれて、このノスタルジックな色調が、そのまま視聴者と『私』を異次元へと迷い込ませていくのだが、そのシーンは大胆にして違和感の入り込む余地が無いくらい、きっぱりと不思議世界へ没入させてくれる。
やがて並行世界を繋ぐ迷宮となっていく、延々に連なる四畳半の空間で『私』は本当に大切なものとは何であるかを探し出すことになるのだが、そこに至るまでの経緯と大団円まで目が離せなくなってしまいました。
目も離せないが、どちらかというと耳の方が一瞬たりとも聞き逃がせない。
それくらい延々と『私』のモノローグは続いていく。
余談だが『私』を演じる声優をオーディションで募集したさい、必須条件が『早口』だったそうな。
さもありなん。
◆総評。
原作ありきの『名作』の条件とは。
ずばり一言でいえば、
原作を読んでみたくなる衝動に駆られる、という作品である。
それは換言すると、アニメクリエイターが一丸となって原作の『良さ』を理解し、その再現性を(アニメとして成立させるための)細部にわたり徹底してこだわっているであろうことが観ているだけで伝わってくる作品だということだ。
原作は一人称の私小説風の作品であり、その作風による面白さをアニメに取り込むための苦労は並々ならぬ知恵と努力を要したことだろう。
本来『アニメ化』というものは、相乗効果で(次回作への投資という意味も含め)原作者を潤す結果をもたらすことが肝要であり、それこそがメディア・ミックスの真の意義でもある。
原作者、森見登美彦の執筆した『四畳半神話大系』を読んでみたい。あるいは彼の他の作品を知りたい。
熱烈にそう思えるということは、アニメの『四畳半神話大系』が本気で作られた名作であるという何よりの根拠となるだろう。
老若男女を問わず楽しめる作品である。
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