◆評価:★★★(59)
TITLE |
機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY (きどうせんしガンダム サンダーボルト ディッセンバー・スカイ) |
DATA | 2015年 |
目次
◆あらすじ。
宇宙世紀0079、地球連邦とジオン公国が戦った一年戦争の末期、サイド4のスペースコロニー群、ムーアはジオン軍の攻撃により破壊され、多くの住人が命を落とした。破壊されたコロニーや、撃沈された戦艦の残骸が無数に漂う暗礁宙域では、ぶつかり合い帯電したデブリによって絶えず稲妻が閃くようになり、いつしかそこは、『サンダーボルト宙域』と呼ばれるようになった。ムーア市民の生き残りで構成された地球連邦軍所属部隊、ムーア同胞団は、故郷であったサンダーボルト宙域の奪還を悲願とし、宙域のジオン軍を殲滅せんとしていた。連邦の進軍を足止めせんとするジオン軍も、義肢兵の戦闘データ採取を目的に設立されたリビング・デッド師団を展開。ムーア同胞団に所属しながら、故郷や自身の出自に束縛される事を疎ましく思うイオ・フレミングと、過去の戦闘により両足を失い、今はリビング・デッド師団でエーススナイパーとして活躍するダリル・ローレンツは、戦場で対峙した時、互いに悟るのだった。ふたりは、殺し合う宿命なのだと……。
< BANDAI NAMCO Arts Channel>より
◆『ガンダム』初のネット配信型OVA。
『ガンダム』と名のつく作品において、はじめて公開媒体がネット配信となった作品である。
通常のVOD(Video On Demand)の他、セル型の配信サービスであるEST(Electronic Sell Through)による配信もされている。
ESTとは一度視聴権利を購入すれば、期間を限定されずにいつでも視聴可能となるサービスである。ようするにネットワーク内でDVDやBlu-rayを仮想的に購入して仮想的な自分の棚にしまっておけるということだ。
ネットのインフラが充実している日本においては、おそらくアニメファンのほとんどがESTへと移行していくのではないだろうか?
アニシエのアニメ用収納棚も、そろそろ限界なので、今後はVODとESTを併用した視聴スタイルが主流となっていくはずである。
いや、だが、しかし……やはり特典系の現物としての限定グッズは欲しいところだしなあ……悩みの種が増えてしまった。
好きなシリーズ作品などを視聴するときは、まずVODで視聴して現物にするか、ESTでの購入にするか、決定する……という方式も選べるので、それはそれで時間とスペースを有効に活用できる選択肢として重宝することになるだろう。
本記事はネット配信専用の全4話からなる第一部のストーリーについてレビューしていく。
ディスクセル版として発売されている特別編についても基本的には同じものなので(こちらは4話をひとつの物語として再編集したもの)レビューとしてはひとつにまとめて記載することをお断りしておく。
第一部である『 DECEMBER SKY 』は各話が18分前後なので、全部足したとしても特別編の尺(70分)と遜色はない。
さらにもうひとつだけお断りを書いておく。
本作(通称『サンボル』)において原作カテゴリーがふたつ(オリジナルとマンガ)あるのは、そもそも『ガンダム』というシリーズにおいてはアニメオリジナルであるが、『サンボル』そのものはマンガが先行しているためである。
決して間違いではなく、それぞれの原作者への敬意と思っていただければ幸いである。
◆骨太で無骨。そして重たい。
これまでの『ガンダムシリーズ』においても、傷痍軍人や捨て駒のような新人パイロットたちの悲哀を描いたエピソードは語られている。
『スターダスト・メモリー』の隻腕パイロット、ケリー・レイズナーや、『MSイグルー』に登場するジオン側の学徒兵たちなど、戦争という愚行における悲劇として、それぞれの作品でも追求されているテーマである。
本作では、その悲惨な戦争の現実について、さらに「これでもか」というように次々と事態が悪い方へと突き進んでいく。
ジオン側の主人公であるダリルにおいては、実験機であるサイコザクを実戦へ投入するために両腕を切除して義手に付け替えるという悪魔の所業すら行われる。
もともと、これまでの戦闘で両足を失い義足となっているため、彼の四肢がすべてなくなってしまうのだが、それでもダリルは友のため、国のために自らの身体を犠牲にすることを厭わないという、ある種の狂気さえ感じさせる決断をする。
ダリルが所属する義肢兵の戦闘データ採取を目的とした『リビングデッド師団』(自虐的なネーミングである)は、すべての兵士(艦長さえも)が体の一部を欠損し、義肢となっている兵士たちの集まりである。
彼らのように、すでに国家へ対する奉公を勤め上げたはずの兵士さえも再徴用しなければならないほど困窮しているジオン軍の消耗ぶりを如実に物語る作品としては、これまでの『ガンダムシリーズ』とは一線を画するくらいシリアスな世界観である。
対する連邦軍側の『ムーア同胞団』という師団も、これまでのガンダムで描かれていたような一枚岩の連邦軍ではなく、本来の意味合いにおける連邦軍(つまり邦〈=国〉の連なり)というリアルな部隊として対立させている。
壊滅してしまったスペースコロニーのサイド4『ムーア』を再興するために結成された軍隊であり、言い方を変えれば連邦軍へと加盟した独立都市国家の軍隊という位置づけになる。
なので『ムーア同胞団』は、ジオンとの最終決着や、連邦軍の行く末にはまったく興味がなく、戦闘区域となっている『サンダーボルト宙域』におけるジオン軍(リビングデッド師団)の殲滅と、その奪還が目的となっている。
そして『ムーア同胞団』のエースパイロットであるイオ・フレミングは、ムーア市長の息子であることを疎ましく思いつつも、戦場という場所に立場も地位も関係なく、死ぬときは誰であろうと死ぬという殺伐とした自由を感じ、これに魅了されていく。
これまでの『ガンダム』ではエピソードのいくつかとして描かれていた戦争の悲惨な部分を、本作ではメインに据えて物語が進んでいく、というのがこれまでのシリーズとの決定的な違いである。
ちょっと息抜きできるようなコミカルな話や、キャラ萌えな寸劇なども一切なく、狂気が渦巻く殲滅戦へと一気に突き進んでいく破滅的なテイストは、『ガンダム』のヒロインや恋愛的要素も楽しみにしている人にとっては、少々しんどい物語であるともいえるだろう。
「どちらも大好物だ」という人は大丈夫でしょう。さらに『ボトムズ』や『ダグラム』なんかも嗜(たしな)んでいらっしゃる紳士であれば、問題なく楽しめるでしょう。
◆メカ&キャラデザイン。
太田垣康男氏による原作コミックを忠実にトレースしているため、キャラクターデザインは、これまでの『ガンダム』とは異なり、かなり劇画調である。
正直に言えば、アニメ的なイケメンや美少女は一切登場しない。
これはまあ、はっきり言って好みの問題なので、どちらが良い・悪いではない。
「なんか生理的に無理」という人もいるだろうし、「これはこれでガンダム的に無しではない」と受け入れる人もいるだろう。
アニシエはというと、
デザインそのものよりも、キャラクターの性格や内面描写そのものが狂気と破滅に寄り過ぎている感じが、ちょっと重たいな、と思いました。
でもまあ、この物語とキャラ設定ではデザインをイケメンや美少女にしてしまったら一気にしらけるだろうなあ、という感覚はわからないでもない。
なので、最後までじっくり観てみると、結果としてキャラデザインは物語にマッチしていた、という結論になる。
そして気になるメカデザインである。
太田垣氏によるマンガ『フロントミッション』シリーズでも定評のある、リアルなメカ設定と緻密な作画力によって、本作でもモビルスーツの概念設計からして大幅なリファインがされている。
もっとも特徴的なのが、背中から伸びるサブアーム・システムを組み込んだことだろう。
これによって腕や手に持っていたシールドをサブアームが担い、両手に火器を持ちつつ、防御力の確保が可能になった(さらにデブリや岩石からもある程度機体を保護することにも役立っている)。
また、ダリルの最終搭乗機サイコザクでは、後方に向けてザク・マシンガンを斉射するのに活用できたりと、かなり便利に(より機械的に)戦闘することが可能になっている。
『人型兵器』で戦うことへの矜持としては、簡易的な腕が増えたことにより人型である理由付けが薄くなってしまったという見方もできるが、限定された宙域においての局地的なカスタマイズと考えられる範囲に収まるように、しっかりとしたコンセプトに基づくリファインであることが伺えるので「よくも俺の愛するジムに変な腕をつけやがって」というような反感も湧かずに視聴できるよう配慮がされている……気がする。
ちなみに、アニシエはとくに偏屈なジム愛好家ではないので、バリエーションのひとつとして充分にありだと思っている。
というわけで、これらいかめしいサブアーム・システムは、見ようによってはカッコイイが洗練されたデザインではない。
無骨と理論的な兵装をこよなく愛している(であろう)原作者の太田垣康男氏は、
「人型でこだわった時に、どこまで合理的にできるか」
と、誌面でのインタビューにコメントしている。
サブアームをつけたジムや、サイコザクを観たとき、まず最初に感じるのは(ガノタであれば)、「ああ、こういう風にガンプラ改造したヤツ、どっかでみたことあるな」というくらいガンダムの世界観に溶け込んでいる造形だとも言える。
◆技術も演出もハイクオリティ。
4K画質に対応した作品だけあって、映像美は圧巻である。
HD画質であってさえ、充分すぎるほど画質は綺麗だし、緻密に描かれた映像には迫力が満載している。
手書きによる戦闘シーンは、CGを見慣れた世代にも新鮮に映るだろうし、パースを強調させることによって描かれる迫力は、やはり手書きのほうが圧倒的に高い。
最近では光の合成(ビームやイナズマ)がほとんどCGによって処理されてしまうが、本作で青白く光るサンダーボルト宙域のプラズマも手書きによって描かれている。
そのきらめきの美しさは昔観たアニメでよく観ていた光と同種のものであることが直感的に理解でき、なんとなく郷愁を誘う。
音楽的演出についても、よく考えられた演出手法をとっている。
BGMとして流れる劇伴のほとんどが、イオまたはダリルがコックピットで聴いている音楽がそのまま作中の戦闘シーンに流れていく。
ジャズを愛するイオ・フレミングは、コックピットで常にジャズを流している。
『ガンダム』にジャズという、一見ミスマッチの選曲をしているように感じられるが、最初の出撃シーンから、その映像と音のコントラストが妙にマッチしていることに驚かされる。
ハードでシリアスな人間ドラマが中心となる本作において、その軽妙な音楽と戦闘シーンのマッチングは、どこか客観的な視聴体験を与えてくれる。
戦争という悲劇的な行為に対して、自分の心をある意味で麻痺させる効能が音楽にはあるのかもしれない、ということを疑似体験させてくれるようでもあった。
一方のライバルであるダリル・ローレンツも戦闘中に音楽を聴いているが、こちらはポップスが中心であり、日本的に言い換えれば『懐メロ』を好んで聴いている。
自分の思い出と重なる楽曲を流すことにより、過去を見据えて戦うダリルと、気の向くまま自由に演奏されるフリージャズに合わせて、過去に縛られない生き方を望むイオ。
その音楽的コンフリクトがそのまま互いを憎しみ合うひとつのキッカケとなってしまっている。
音楽には国境がない。
そんなキレイ事では片付けられずに、相手の聞く音楽そのものにも嫌悪感を抱いてしまうという、戦争における悲哀のひとつとしてもギミック的に作用している。
いずれ互いの音楽性も「捨てたもんじゃないな」と認め合うことができるのか?
それともやはりどちらか一方が(あるいは両名が)殺されるまで譲ることはないのか?
今後のシリーズで変化していくかもしれない互いの音楽性にも注目していきたい。
◆声優について。
渋めの声優についてはそれほど特筆すべき人がいない(残念)。
連邦軍の主役、イオ・フレミングに中村悠一さんが声を当てている。
主人公からイケメンライバル役まで、多数の作品で主要なポジションを独占しているイメージがありますが、今回はかなりヒールよりの主要人物として怪演しています。
とくにダリルのことを「義足野郎」と差別用語スレスレのセリフで罵る迫力は、なかなかのものです。
一方のダリル役は木村良平さん。
印象深い作品としては『東のエデン』の滝沢朗、『はがない』の羽瀬川小鷹、『ロボティクス・ノーツ』の八汐海翔などなど、優男系の役が多いですね。
ダリルの残酷になりきれない優しさをうまく表現できる声優としてはナイスな配役ではないでしょうか。
◆総評。悪役としてのガンダム。
まず、本作でちょっと疑問に思った展開だけ最初に挙げておこう。
それは連邦軍側の学徒兵の登場である。
これまでの『ガンダム』における設定で考察すれば、学生を導入するほど人員(その他の物資)において連邦がジオンより不足しているという描写や設定はない。
困窮するのは独立国家たらんとする勢力ならではの問題であって、世界的な規模を誇る大軍にはあまり似つかわしくない状況である。
仮に、補給路として重要なポイントである本作の戦場に学生を投入するほど逼迫しているのならば、決戦の場であるア・バオア・クーにおいても(つまり『ファーストガンダム』においても)描写されなければおかしいだろう。
連邦軍とジオン軍の対比を逆転させるという発想そのものは挑戦的で面白いのだが、どうしても数で対抗する連邦軍というイメージに学徒兵の動員というものだけが違和感のある展開であった。
しかし逆転させた対比として象徴的に描かれている、イオ・フレミングが駆るフルアーマー・ガンダムはその意図を見事に表現しているといえる。
ジオン軍に「連邦の白い悪魔」と恐れられているガンダムの異様を、パイロットの性格も引っくるめて恐怖の象徴として登場させ、悪鬼のごとくジオン軍を撃墜していくさまは、まさにジオン兵から見た悪魔そのもののように感じられるだろう。
個人的には、この悪いガンダムのカッコよさは好きである。
対するダリルは(高性能にカスタムしたとはいえ)量産機の代表格であるザクでガンダムを追い詰めていくという、『ファースト』からのファンにはたまらない、手に汗握る戦闘シーンとなっている。
しかし『ガンダムシリーズ』としては、評価が少し難しい作品である。
キャラデザ・メカデザの両方において好き嫌いがはっきり分かれるようなデザインだし、物語も局地戦の閉塞的な世界観のみで終始している。
『ガンダム』はもとより、ハードSFやメカアクションが好きな人ならまず見応え充分な作品となっているので、お好きな方でまだ観ていない方にはオススメできるが、逆に言うと、苛酷な戦争物語というものに興味がない人には、あまり向かないかもしれませんね。
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