FILE:061 serial experiments lain

◆評価:★★★(59)

TITLE

serial experiments lain

(シリアル・エクスペリメンツ・レイン)

DATA 1998年
STORIES 全13話

 

◆あらすじ。

現実と虚構が入り乱れる情報社会。

自分で作り上げた恐怖に惑わされ、

精神的崩壊を招く者たち。

人は自分の存在にすら自信を失っていく。

そんな世界で、新しい価値観が生まれ、

さらに新しい存在が生まれようとしている。

それは誰にも止められない。

たとえ

私たちの存在を脅かすようなものであっても…。

※引用元『serial experiments lain』公式サイトより。

◆ネット黎明期の伝説的作品。

「パソコン通信」という言葉が「インターネット」という言葉に取って代わり、その技術がギーク(技術系オタク)だけのものではなく、徐々に一般消費者へ向けたサービスとして動き始めていた時代。

 

すべての物事がインターネットに繋がり、拡散していく時代が到来するであろうことを予見して、近未来のネットワーク社会を見事な考証で表現した本作は、まさにネット黎明期に作られるべくして作り出された作品だと言えるだろう。

 

驚くべきは、作中の世界観やテクノロジーなどが、およそ20年後の現代(2021年)の社会像を的確に予言していたことだ。

 

世紀末という時代背景、インターネットという新しいテクノロジー、そして同年代に放映されていた『エヴァンゲリオン』を筆頭とした、終末思想と新生思想を混ぜ合わせた、世紀末独特の暗鬱とした作品群。

 

ノストラダムスの破滅の予言を信じていたわけではないが、誰もが(※オタク的素養を持っている誰もが、という意味)多かれ少なかれ「神とはなんぞや?」という疑問を抱いて過ごした時期でもあったような気がする。

 

本作を端的に説明すると、ひとりの少女が「神」あるいはそれに準ずる「超越した何者か」へ至るSFミステリーである、と言える。

 

それと同時に、ひとの意識がどう作用して「神」を作り、信じるに至るのかを問う、非常に骨太な作品でもある。

 

つまり、何が言いたいかというと、岸田隆宏氏のデザインによるヒロイン「玲音(れいん)」の可愛さに惹かれて軽い気持ちで視聴すると痛い目を見る作品だということだ。

 

◆幽霊・哲学・そして神。

物語の発端は、ヒロインである岩倉玲音(いわくられいん)の同級生が飛び降り自殺をしたことからはじまる。

 

コミュニケーションに特化したネットワーク端末「NAVI(ナビ)」が普及している近未来。誰もが使用しているこの「NAVI」上において、自殺した四方田千紗(よもだちさ)からの電子メールが送られてくるという奇妙な出来事が学校内で起きはじめていた。

 

気味の悪い「いたずらメール」として騒がれているが、玲音が自宅の「NAVI」で確認したメールには気がかりな一文が送られていた。

 

「ここには神様がいるの」

 

自分の身の回りに起きる不可解な現象。唸るような重低音を響かせ続ける電柱と電線。そして現実感のない家族。

 

現実ではないどこかへ存在そのものをシフトさせた千紗の言葉は、説明のつけられない空虚で鬱蒼とした現実社会に対する違和感を感じ続けている玲音にとって調べるに値する「情報」だった。

 

やがて玲音は「NAVI」上で繋がることのできる仮想世界「ワイヤード」へとのめり込んでいく。

 

不可解な現象はさらに現実味を帯びて出現し、現実の世界では自分の知らない「もうひとりの玲音」が存在することを知っていく。

 

まるでレインを支援するかのようにリアルと「ワイヤード」で暗躍する謎の集団「ナイツ」。

 

急激に「ワイヤード」の知識と技術を身につけていく玲音は、現実と「ワイヤード」の境界は想像しているよりもはるかに曖昧で、危ういバランスの中で均衡が保たれていることを知っていく。

 

やがて、彼女の影響力は現実世界へも干渉をはじめていく。

 

玲音という少女を介して、電脳空間が現実を侵食しているのか、現実が電脳空間を取り込んでいるのか……その境界が(彼女の言葉通りに)曖昧なものとなっていく。

 

混然一体となっていく世界と、「NAVI」を通じてすべてと繋がろうとしていく玲音が同調していく先で、少女は「神」を名乗る存在と対峙することになる……。

 

以上が物語の概要であるのだが、とにかく解説するのに苦労する作品である。

 

社会的情報インフラ(つまりSNS)の未来予測からはじまり、物語の核心は「神」の存在論へと発展していく。

 

本作が難解なテキストと共に語られる理由がここにある。

 

・デジタルテクノロジーの極地としての「神」。

・哲学的命題としての「神」の存在証明。

 

このふたつの視点から進んでいく物語と映像演出によって、ロジックの迷宮へと深く分け入ってく本作の絶妙な感性は、20年以上経った現在でも視聴者を魅了していくのである。

 

では本作における「神」とは何なのか?

 

アニシエの3ビットしかない脳細胞で考えてみようではないか。

 

◆集合的無意識の「神」とは。簡単に解説してみる。

集合的無意識を理解するための「イデア論」

神の存在証明とはどういうことなのか? そして神が存在するとして、その姿形はどのようなものなのか?

 

たとえば「神様を思い描いてみて」と言われれば、誰でもある程度(ぼんやりと)神様の姿を思い浮かべることができるだろう。ヤマトタケルのような日本の神もいれば、キリストのようにローブをまとっているようなイメージもある。あるいはギリシャ神話のように猛々しい神々を想像するひともいるだろう。

 

文明の数だけ神の姿は描かれていると言っても過言ではない。そして一神教と多神教によって、その数も質も文明によって大きく異なっている。

 

つまり神の姿とは千差万別である。

 

それでも、それぞれが思い浮かべる神様は、神としての特質を持って認識されている。

 

同じように「犬を思い描いてみてください」と言われれば、誰もが千差万別の犬を思い浮かべるだろう。

犬を飼っている人は自分の犬を思い浮かべるだろうし、子犬から大型犬までその種類もサイズもバラバラのはずである。

 

頭に浮かべている犬のイメージはバラバラであっても、我々は互いに犬について会話をすることが可能である。

 

それは我々の認識の中で「犬という共通概念」が存在しているからである。

 

この、誰もが持ち得ている共通概念のことを、哲学者プラトンは「イデア」と名付けた。

これはあくまで概念であって、実証されているわけではない。ようするに「物の考え方のひとつ」である。

 

もうひとつ例をだすと、電車マニアが数人で集まって「電車」について語るとき、そこには「電車のイデア」が存在していて、人々はそれぞれの電車を思い浮かべて話をしているが、共通概念としての「電車のイデア」のおかげで、犬や猫と混同せずに電車マニアならではの語らいができる、ということだ。

 

この論理を発展させていき、この世界に本当に存在しているものは「イデア」だけであって、その他(つまり個々人が想像する対象)は仮りそめの現象にすぎない、という方向に論理を進めていく。

 

こうなると、神(あるいはそれに類似する超越者)はイデア(つまり概念)として存在しているだけであり、我々の世界には存在しえない、ということになっていく。

 

この古代ギリシアにおける哲学者の発想が、のちにカール・グスタフ・ユング(以下:ユング)の研究に大きな指針を与えることになったのである。

 

集合的無意識のカルト性。

分析心理学の祖とされているユングによって提唱された集合的無意識という概念は、イデア論をさらに発展させたものとなっている。

 

少し難しいことを言いますが、「自分は自分であり、自分以外の何者でもない」ということを、我々は誰でも直感的に「知って」います。

 

例えば、不遇な境遇にあって、両親とはぐれてしまった赤ん坊が、チンパンジーに育てられて名前も言葉も持ち得ないとしても、その子は「自分が自分である」ことを「知って」います。

 

このように、この世界で生きているすべての人々が無意識に持ち合わせている共通認識のことを、ユングは「集合的無意識」と名付けました。

 

誰に教わったわけでもないのに、いつの間にか備わっている記憶(あるいは経験則のようなもの)。この正体がなんなのか? それについて深く考えていたユングは、そこに超常的な何者かの介在があるのでは? と考えました。

 

目には見えないが、なにか大きな存在による意識の繋がりがあって、そこから我々は自己を確立できる意識を得ているのではないか?

 

つまり集合的無意識というイデアを作り出した存在があって、我々はそのイデアによって繋がっている。

 

そしてこのネットワークを生み出したものこそ「神」と呼べる特質をもった存在なのではないか?

という途方もない論理へと発展させていくことができてしまう。

 

ユングもプラトンも、真剣に意識について考えていたわけですが、考えれば考えるほど理論だけで説明できない人間の性質が出てきてしまい、結果として超越者の存在を認めなければ説明できないところまで論理が発展してしまったわけですね。

 

そして、この「集合的無意識のネットワーク」という性質を、「ワイヤードに接続している人間のネットワーク」にリンクさせて、「神」を生み出していくプロセスを表現しているのが本作の設定力の大きな魅力となっています。

 

作中における集合的無意識。

「集合的無意識」の存在そのものから「ワイヤード」へと干渉していったのか、それとも「ワイヤード」の中で発生した「集合的無意識」が現実へ影響を及ぼしはじめたのか、その発端は描かれていないものの、玲音の次の言葉で、このキーワードの全体像が想像できる。

 

「人はみんな、無意識で繋がっていた。それを繋ぎ直しただけ」

 

集団的無意識、つまりイデア(概念)を実体化させることに成功した玲音は、この時点で「神」としての特質を有している超越者となっている。

 

集団的無意識のネットワークをデジタル的に解析し、そのプログラムコードを「シューマン共振」という地球固有の周波数にのせて現実を侵食するという設定は、SF好きならたまらない発想だろう。

 

そもそも岩倉玲音という人格そのものが「ワイヤード」における集合的無意識ネットワークから生まれでた存在である。

 

いち早くワイヤードにおいて超越者となった英利政美(えいりまさみ)は、玲音が現実に及ぼす影響をつぶさに観察していた。現実的には怪しい黒服の人間を使い、ネットワーク内では「ナイツ」というカルト集団を作り上げた。

 

「神」としての特質を得た玲音は、英利政美と対峙して、彼の「神」としての矛盾を突いて自戒させる。

 

その後、この歪んだ状況を元に戻すべく、すべてを「無かった」世界へと作り変えてしまう。の新しい世界には玲音という存在すら人々の記憶からは消えている。

 

しかしこれは、玲音という存在が人々の無意識下へとシフトした状態ともとれる。

 

こうして新しい世界が生まれたわけだが、この世界にあっても結局は集合的無意識下において、玲音が神のイデアとして存在しているかもしれない、という矛盾を含んでいるわけで、つまるところ神の存在証明における、無限ループの振り出しとなるわけである。

この問題が、哲学における普遍的命題のひとつであることと同じなのは偶然ではないだろう。

 

では「神」とはいったいなんなのか? 

そのひとつの答えを玲音は作中にて英利政美へ突きつけている。

 

それがどのような答えなのかは、本作を視聴して確認してみてほしい。

 

以上、アニシエ流「lainにおける集合的無意識とは」でした。

 

かなり大雑把な説明になってしまいましたが、これを専門書並みに説明していたら、アニメと関係ない論文になってしまうので、これが限界です。

アニシエの脳細胞的にもこれで限界です。

追記・訂正などありましたらコメントよろしくお願いします。

 

◆声優について。

頭が痺れきったのでお気楽な話題を。

 

玲音を監視していた謎の男性(カール・ハウスホッフ)の中田譲治さん。渋い声ですね。最高です。

 

同じく監視者役(リン・スイシー)の山崎たくみさん。切れ味鋭い、良い声です。

 

天才エンジニア系の役もまたハマり役のひとつである速水奨さん演じる英利政美は、狂気を滲ませる見事な演技とあいまって素晴らしかったです。

 

岩倉 康男(いわくら やすお)、玲音の仮の父親を演じた大林隆之介さん。

いい感じでマニアックな親父を演じておりました。

なかなかシブい声優さんについては豪華なラインナップでしたね。大満足です。

 

◆時代背景について。

1995年に『エヴァンゲリオン』が放映され、さらにこの年には現実の事件として『地下鉄サリン事件』など、カルトな集団による狂気に満ちた事件もあった。

 

そして同時代の科学的なトレンドとして、脳科学や遺伝子、仮想現実などについての研究が大きく取り上げられていた。

 

SF作品にはこぞって、これらを織り込んだ作品が続々と刊行された。

 

脳科学を全面的に押し出した瀬名秀明の『ブレイン・ヴァレー』(1997年刊行)。

 

鈴木光司原作のホラー小説『リング』。日本国民なら誰でも知っている「貞子」が出てくるこの小説も、二作目の『らせん』では遺伝子ついて言及し、そして続編である『ループ』においては壮大な仮想現実をテーマにしたサイエンスホラー小説へとなっていく。

 

『ループ』が刊行されたのが1998年。本作と同じ年である。

 

時代そのものもが、きたるべきテクノロジーと終末思想による不安定な心理状態をミックスした作品を生み出していたようにも思われる。

 

これこそ我々が当時望んでいたかもしれない「集団的無意識」による作用なのだとしたら、それはそれで検証するのが面白いテーマになりますね。

 

◆総評。

まさにネット黎明期に作られるべくして作られた作品だということは最初に述べた。

 

アニシエ的なキャッチフレーズは「やがて少女は神になる」といった感じである。

 

ネットワークから生まれた無意識の集合体。それが本作のヒロインである。

 

最終的に本作の結論は「神が存在していたとして、それを知る必要があるのか?」という問題にいきつく。

 

運命を決める存在がいるとして、その存在に干渉することができないのであれば、それを知ったところで意味がない、ということである。

 

物語としては、ある意味で「逃げ」なんだが、まあ結果としてこの命題に結論をつけることは誰にもできないわけだから、仕方のないことだ。

歴史上の偉大な哲学者が解決できなかった問題を、ここ(アニメの中で)で議論しても意味がない。結局は「卵が先かニワトリが先か」の問題に陥るだけである。

 

リアルタイムで観ていたとき、かなり印象的だった「ロズウェル事件を説明した回」は、けっきょくなんだったのか、よくわからなかった話でした。

 

この辺は脳科学と無意識下の洗脳による情報操作が可能であるということへの示唆だと思うのですが、ヒントが少なすぎました。でもUFO大好きなので好きなエピソードであることに変わりはありません。

 

映像的な部分では、現代からすれば稚拙な部分もあるが、作の魅力はなんといっても、その世界設定と物語性である。

 

たとえば「ワイヤード」という世界観。まだ高速回線が有線だった時代なのだからとうぜんとも言えるネーミングであるが、とはいえ「つながる」というテーマの象徴としても、この「ワイヤード」(有線接続)というネーミングは俊逸ではないだろうか。

 

そしてシューマン共振を利用したデータ転送方式。

 

地球固有の周波数は、電線や電柱の映像に流れる低音とリンクしている。この、ゆっくりと転送されるイメージは、リアルを侵食する情報社会のメタファライズとして気味が悪いくらいマッチしている。

 

またメディアミックスの先駆け的な作品でもあった本作は、タイトル通り、作品の内外を問わずにあらゆる視点で捉えてみても実験的な作品であった。

 

骨太なSFアニメを視聴したい人には絶対的にオススメできる1本です。

 

逆に言うと、SFやテクノロジーに興味がない人にはひどく退屈で冗長な作品に見えるでしょう。

 

個人的にはオススメですけど、取り扱い注意……的な良作です。

 

 


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『ブレイン・ヴァレー』瀬名秀明。

◆本作以上に難解な物語ですが、好きな人にはたまらない作品です。