FILE:035 この青空に約束を― 〜ようこそつぐみ寮へ〜

評価:☆(評価対象外)

TITLE この青空に約束を― 〜ようこそつぐみ寮へ〜
DATA 2007年

 

◆あらすじ。

本州から少し南にある離島。

 

坂の多い島のふもとからずっと続く石段を登りきると、
下の町や海まで一望できる高台になっており
その高台の上に主人公・星野航(ほしの・わたる)たちの通う学園がある。

 

しかし島の産業の大部分を占めていた大企業の工場が来年撤退することになり、
学生の数は次第に減少していた。
島にあるもう一つの高台の上に学園の旧校舎を改装した寮がある。
寮生の減少にともない現在は主人公とヒロインたちのみが住んでいるその寮は、
島の住人からは主人公のハーレムだと噂されている。

 

そんな寮になぜかこの時期にやってきた転校生も巻き込み、
ときには反発したりしながらもドタバタと楽しい毎日を過ごしていく。

 

※引用元『この青空に約束を― 〜ようこそつぐみ寮へ〜 』公式サイト

 

◆まずはギブアップの理由から。

当サイトにおける詳細なギブアップの定義については『ギブアップについて』という記事において説明しているので、そちらを参照していただきたい。

 

申し訳ないが、今回は1話目でギブアップしてしまいました。

 

その理由を以下に箇条書きで記しておく。

 

  1. 冒頭の説明用のナレーションが、本当にただの説明調であり、作品世界へ視聴者を導こうとする意志が感じられない。
  2. 第1話を視聴した段階で、その後の展開にまったく興味がわかない。
  3. 主人公を含めたキャラクターと声優さんの声がまったく噛み合ってない配役だと感じられた。
  4. ヒロインを含めた女性キャラクターに(恋愛、ハーレムもの、どちらにしても)魅力が感じられない。

 

 

ここまでモチベーションを下げる要素ばかりだと、正直言って1クールでも我慢するのがきつい。

 

30分アニメで、CMとOPやEDなどを省くと、だいたい20分くらいが本編である。

 

これが12本分だと考えて、ざっと4時間。

興味を持てなかった映像を4時間観るというのは、けっこうな苦行である。

 

「後半がすごく良い作品なんだ。そこまで観て結論を出してくれ」
と、言われる人もいるかもしれないので、ここできちんと説明しておく。

 

まず、アニシエは本作について、1話しか視聴していないので(当然のことだが)全体の感想などというものは記述しない。

 

また、1話がダメだったからという理由で、作品全体について否定するつもりもない。

 

あくまで、主観的な感想というレベルにおいて、
「1話しか観なかったので、評価対象外とさせていただいてます」
という結論を記述しているにすぎない。

 

上記の、ギブアップ理由の4項目についても、もしかしたら後半まで視聴すれば感想が変わるかも知れない可能性はゼロではないが、現時点で最終話まで観る気力はない。

なので、1話目で感じたギブアップの理由以上の評価を私見で述べることはないということを繰り返し記述しておく。

 

◆はじまり方って大事だな、と思いました。

アニメを視聴するにあたり、大前提としていることがひとつだけある。

アニメ好きなら誰でもそうだろうが、視聴する作品について、事前に情報があろうとなかろうと、まずは黙って第1話を観る、ということだ。

 

最初から「面白そうだ」と思えるものでも、どんどん尻すぼみ的につまらなくなっていく作品もあるし、「これは絶対ムリだ」と思えるような初回であっても、最終的には良作だったという経験もある。

 

だから、どんなに前情報があっても(なくても)、最初の30分は黙って視聴する。

 

そして、初回のエンディングまでを観た段階で、次の回へ行くかどうかを決める。

 

この決断は、作品によって長引くこともある。

 

2話、3話、と進んでみて「やっぱりだめだった」という場合もあるし、直感を信じて進んだ先に満足のいく最終話までたどり着くこともある。

 

大枠の判定では『ギブアップについて』で書いたように、レンタルビデオ時代の慣習にならって、
1~2話か、最大で4話。
4話まで視聴して、その後に続ける意志がある場合(またはとりあえず悩んだ結果、視聴を続ける場合)は、その先にどんな破滅的な展開が起ころうとも、最後まで視聴するだろう。

 

その場合は、作品の面白さというよりかは、物語の中における謎や伏線の回収が行われているか? といった確認作業になる。

 

そういった場合も、よほど素晴らしい大ドンデン返しでも起きない限りは、評価としては低くなってしまうのは否めない。

 

しかし、この低い評価(つまり個人的に可能な限り厳正な採点)をしなければ、そもそもこんなレビューサイトを立ち上げる意味もないし、軒並み平均点ばかりつけてしまうと、結局はサイトに訪れた人にとっても曖昧すぎる尺度のせいで、視聴するかどうかの判断材料になりづらい。

 

アニシエというひとりの偏った趣味趣向を持った男が、その尺度でもって採点した基準が、訪れた人の尺度との差異でもって確かめられて、はじめてこのサイトの存在意義があると思っている。

 

なので、やはり嘘偽りなく、観れなかったものは観れませんでした、と正直にこれからも書いていこうと思っています。

 

それにしても、やっぱり物語の冒頭というのは、どんなジャンルのどんな作品であれ大事なものだな、ということをひしひしと感じられる1話でした。

 

世界観や設定、はては主要キャラの紹介まで、言葉と映像の比率もさることながら、テンプレと奇をてらった演出の、どの部分で攻めるのが視聴者層にとって一番ベターであるか?

 

こればかりは(それこそ物語の数だけ)正解と不正解が、結果論として出てしまう。

 

学校の試験のように完璧に分けられるような正誤問題ではなく、視聴者のコンセンサス(最大公約数)によって決められるわけだから、とうぜん失敗もあるし、ラッキーな成功もあるだろう。

 

よくあるエロゲ原作ものであったとしても、その中身が面白い亜流(べつに本流でも構わないが)として存在しているのならば、きっと最後まで視聴していただろう。

 

この、『よくあるエロゲ原作』についての考察は以前『あかね色に染まる坂』において執筆しているので、そちらを参照されたい。

 

◆原作との落差はどこから来るのか?

コアな原作ファンからは『黒歴史』とさえ呼ばれている本作であるが、なぜこのような事態へと陥ってしまったのだろうか?

 

 

1話しか観ていないアニシエに代わり、全話視聴された方たちのネット上の評判をまとめてみました。

 

①作画崩壊がひどすぎる。

これはなんとなく1話目だけでも感じられた問題である。どれだけ低予算で作るとしても、普通はその後の視聴率を左右する初回には力を入れるものである。

たとえ予算が少ないとしても、割り振りとして予算を注ぎ込むべきポイントは初回と最終回ではないだろうか。

最初に視聴者へ作品の素晴らしさを伝えなければ、誰も話題にしてくれないし、最後の映像が目に焼き付くほどでなければ、観終わってすぐ(誰にもオススメすることなく)忘れ去られてしまう。

中間での、多少の作画の荒れについては、その作品が内容として本当に面白いのであれば、大抵のアニオタは寛容である。

問題は、作画崩壊についても話題になるほどの壊れっぷりではなかった、ということだ。

一部のアニメ作品では、その内容云々よりも伝説的に崩れきった作画崩壊シーンの方が話題になるものも多い。

同じくエロゲ原作のアニメ『夜明け前より瑠璃色な』においては、そのタイトルをグーグルで入力した途端、候補検索に『キャベツ』と真っ先に表示されるくらい有名な崩壊シーンがある。

もちろん制作側がネタになるだろうと狙って作ったものではないが、低予算ならではの話題の作り方というのは、本気で考えればそれなりにアイデアはあるのではないだろうか、ということを示唆するエピソードではある。

残念がら本作ではそこまで過剰な崩壊シーンは存在しない。それはマジメに、誠実に作っているからこそではあるが、冒頭と最終回に予算を振り切って、中間で思い切り振り切って(話題になるほどの)崩壊シーンを作るというバランス調整もひとつの手段としてあったかもしれない。
※唯一多少なりとも話題になったのは、ヒロインのひとりがフライドポテトを差し出すシーンで、あまりにポテトがデカすぎなためカロリーメイトにしか見えない、という程度ものものらしい。

 

 

②メイン・ヒロインの不在問題。

どうやら他のレビューサイトを調べてみる限り、主人公・星野航はどのヒロインとも恋人的な関係には発展しないようである。

各ヒロインを紹介し、それぞれのエピソードが進んでいくだけで、恋愛的な要素は限りなく薄味だと思われる。

恋愛を疑似体験することがメインのゲームにあって、その要素が薄いとなると、平均して女性キャラの魅力が減じてしまう。

ぜったい恋仲になるであろうメインが存在してこそ「いや、俺は違う子の方が好きだ」といった推しキャラとの比較ができるわけで、比べる基準としてのメインがいなければ他の子に対する推しようがないのである。

それぞれのキャラクターをアニメで紹介して、誰を選んで疑似恋愛をするかは本作であるゲームでどうぞ、というスタンスだとしても、そもそも「どんな恋愛をしていく相手なのか」を想像できなければ、お見合いマッチングサイトのプロフィールくらいのレベルでしかキャラクターを知れない。

これではキャラクターに愛着を持つことが難しい。各キャラに割り当てられた時間が2話分しかない、という事情も相まって原作のように濃密な愛着を醸成する時間はほとんどない。

なのでキャラクター単体も知名度がまったくないままに終わってしまうのである。

『To Heart 2』のタマ姉、と言えば、およそアニオタ・ゲーオタであれば、その内面的な性格は知らないとしても、キャラクターのグラフィックはすぐに頭に思い描くことができる。

デザインも大きく関係してくる話ではあるが、やはりメイン(主軸)となるキャラクターを立たせて、その周囲で巻き起こる各ヒロインのエピソードとした方が、印象はより強くなるだろう。

 

 

③ダイジェスト化の失敗。

②と話が少し重複するが、主人公が誰とも恋仲にならず、各ヒロインとの端的なエピソードのみで終始してしまうのは、やはり全体的に薄い印象しか残さなくなる。

原作のゲームであれば、ひとりのヒロインについて3~8時間くらいの時間を要するのが、それを2話分の放送尺(およそ40分)で紹介すること事態、無理な話である。

大きな部分での問題は、アレンジする演出力の力不足であろう。

大筋のメイン・ヒロインについてのエピソードを立てて、そこに1~2人のサブキャラのエピソードをエッセンスとして付け加えて、残りは大胆にカットする。

カットしたキャラクターについても、性格や趣味などが理解できる程度のシーンは作っておく、というのが本来のエロゲ原作アニメの王道スタイルである。

どのキャラクターとのエピソードも駆け足で終わり、最後に誰とも結ばれない(あるいは別れない)展開では、どうしたって視聴後の印象はぼんやりしてしまうし、そこから原作のゲームに興味を抱かせることは難しいだろう。

本当の意味で、本作の制作現場がどのような状態だったかは知る由もないが、予算と演出における力点の置き場について、もう少し検討することができたのならば、黒歴史だなどという汚名を冠することも回避できたような気もする。

以上、ネット上における評価のまとめと考察でした。

 

◆総評。素材はよかったはずである。

原作であるゲームは『美少女ゲームアワード2006』(※現・萌えゲーアワード)にて大賞を受賞するほど評価の高い作品となっている。同賞においてはさらにシナリオ賞、主題歌賞、純愛系作品賞、ユーザー支持賞も受賞している。

 

文句なく楽しめる作品である。

 

アニメ化について、ほとんど誰も触れないくらい廃れた状態になってしまったのは、やはり上述したとおりのダイジェスト化の失敗によるところが大きい。

 

原作に漂っているノスタルジックな雰囲気や、憧れすら抱かかせる地方の小さな島での生活感など、原作で丹念に描写されている部分がバッサリ切り落とされているために、無味乾燥な作風となってしまっているのが残念である。

 

料理で例えれば、具材は同じものだが(アニメ版は)味付けが大雑把すぎる、というところだろうか。

 

最後に、ネット上での評判において上記の辛口評価の次に多かったのが、

 

最終回は感動的だった。
という意見である。

 

個人的には「本当ですか?」と懐疑的にかまえてしまうのだが、正直に言って時間を割いて最終話まで観てみようという気力はいまのところ湧き上がってはこない。

 

「よし。アニシエが観ないなら俺がいっちょ挑戦してやるか」

 

といった猛者の方々の完走の感想をお待ちしています(鉄板ギャグ)。

 

 


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